農家に嫁いだ嫁からひとこと言わせていただきます

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私は20代後半で専業農家に嫁ぎました。米のほかに数種類の果物を作っており、夫と夫の両親との共同生活です。巷で言われているような嫁いびりは全くなく、料理や掃除といった家事も上手く分担して行い毎日のように四人で食卓を囲んで楽しいひとときを過ごしています。しかし、肝心の農業はひとこと言いたい状況に陥っていました。

実家では、米や果物を全て地元の農業組合に卸していました。農機具も農業組合を通じて購入するかレンタルするかで導入し、農薬も農業組合が一括して散布するというまさに全てを組合任せにしている状況だったのです。義父はことあるごとに寄り合いに顔を出し、赤い顔をして帰ってきます。どんな話をしていたのかを訪ねると、農業に関する話題は極わずかで地元の有力者の自慢話を聞いたりご近所さんの噂話に花を咲かせるというまさに田舎の飲み会という有様でした。

農家に嫁ぐ事自体は問題なかったものの、農業組合の言いなりになっていることには納得できなかったのです。夫とともに両親を説得し、インターネット通販で直接消費者に農産物を販売する計画を実行したのです。生産した農産物の全てを個人で販売できるほどの規模を維持することは難しいことから、農業組合へ卸す量を減らし、徐々にインターネット通販に完全移行する段取りでした。

しかし、自分で販売を行うと言うことは非常に難しいと言うことを実感させられました。ただ作っただけでは売れず、何かしらのプラスアルファが必要だと学んだのです。りんごや柿といった果物は季節性のあるものなので、店頭に並ぶことに先んじて販売を開始したり、米は量に対して安い価格を付けるといった売り方をしたものの、売り上げが伸びてこないのです。

そんな時に、私と同じようにインターネットを利用した個人販売をしている農家に出会ったのです。その農家は大学で経営学を学んだ一人息子が継いでおり、親の代よりもはるかに高い利益を出しているということでした。話を聞いてみると、やはりただ作っただけでは売れず、消費者が魅力を感じる売り方をしなければインターネット通販で成功は出来ないという実体験から得た経験を語ってくれました。私はこの人を師と仰ぐことにしました。ただ作っただけでは売れず、マーケティングを行う必要があると分かったときから、経営の勉強を始めました。経営を学んだ農家はやはり上手に通販での売り上げを確保していたのです。

勉強したことを販売業務に取り入れて米の産地を全面的にアピールしたり、農業組合に卸していると農業組合の勝手な基準でA級品やB級品という分類をされてしまうため、個人で販売する分に優先的に出来の良いものを集めてプレミアムを付けてブランド化するなどといったマーケティングに力を入れたところ、売り上げが徐々に上昇していきました。経営の勉強をし、インターネット通販にマーケティングを取り入れたことによって、農家にもマーケティング能力が必要だと言うことが分かったのです。

農業の素晴らしさを世界へ

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大学を卒業してから都会でサラリーマンとして働いていましたが、ハードな仕事と偏った食事で体調を壊し、思い切って会社を辞めて実家に戻ることにしました。実家は兼業農家をしていましたが、実家に戻ることになったので自分が農業を本格的にすると親に話して、畑や田んぼを任せてもらうことにしました。

最初はわからないことも多かったので、親や近所の農業をしている知り合いに教えてもらい、少しずつコツを掴んでいきました。サラリーマン時代は季節に関係なく、時間になったら起きて出勤し、仕事の後は付き合いのために飲みたくもない酒を飲んでいましたが、農業を始めてからは太陽の動きに合わせて仕事をするので、ストレスもたまらず自然体で生きていけるようになりました。

種から育てた苗が大きく育ち、作物を収穫して新鮮なものを口にする喜びに勝るものはありません。その土地その土地で作物に特徴があり、研究すれば奥が深くて飽きることがありません。農業は力仕事でもありますからしんどいと思うこともありましたが、それ以上に楽しいことの方が多く、農業は、人の命の源を司る仕事だと誇りに感じるようになりました。

日本では少しずつですが若者が農業に関心を持つようになったので、そのお手伝いをしようと若者に農業の素晴らしさを伝える活動を始めました。最初は淡々とした表情の若者が収穫時期には日焼けして輝かんばかりの笑顔を見たとき、農業とはすばらしいものだと確信するようになりました。日本の若者だけでなく、農業の素晴らしさを世界の他の国々に伝えたいと思い立ち、そのまま勢いで世界に飛び出すことにしました。

今現在、イラクで小麦を育てており、現地の人々に指導をしながら暮らしています。イラクはオイルマネーで潤っている地域もありますが、それ以外は貧困層もあり格差が大きな問題になっています。イラクには砂漠もありますが、実はイラクの中心地を流れるティグリス・ユーフラテス川の流域は肥沃な土地が広がっているため古くから農業が盛んな地域でした。しかし都市化が進んだことで農業をしていた土地が壊されてしまい、農業自体が衰退してしまいました。しかしその後、再び農業を再興しようという動きがあり、農産物の大半はイラク国内で生産可能になりましたが、いまだに農業従事者が少ないことが問題として残っています。若者が農業をしなくなったこともありますが、農業関連施設も老朽したため、農業に興味を持つ人は少なくなってしまいました。日本とは収穫できる作物も違いますが、農業そのものの楽しさを伝えていければいいなと考えて活動しています。そのためには農薬を出来るだけ使いたくないですし、安全でおいしいものを作れるようになりたいと日々努力しています。おいしくて魅力的なものが収穫できれば、農業がもっと盛んになりますし、農業従事者の賃金も良くなると考えています。イラクの地元の人々と交流しながら、楽しい農業を広めたいです。

農業を通じた文化交流

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小さいころは両親と祖父母と一緒に暮らしていました。父親はサラリーマンをしていましたが、祖父母は専業農家で、嫁に来た母親は毎日農業を手伝っていました。田舎で広い土地を持っていたので、野菜や米だけでなく果物を栽培していました。採れたてなので新鮮でおいしいですが、形が悪くて出荷できなかったものが食卓に並びます。子供の頃はそれが気に食わないこともあり、また煮物よりファーストフードを食べたくて中学生くらいになってからは家の農業を手伝うことを避けるようになりました。

大学は実家を離れて都会に出て、そこで就職しましたが人の多さに疲れてしまい思い切って実家に戻り農業をすることにしました。祖父母は高齢ながらいまだに農家として現役で、それを手伝うようになってからは農業の素晴らしさがやっとわかるようになりました。それからは農業を本格的にやり始め、ふと日本の農業の魅力を海外に伝えたいと考えるようになりました。日本の農業は苗の選別から植え方、水やり、肥料、収穫時期など強いこだわりがあります。そのこだわりを伝えたくて、海外に飛び出すことにしました。

今現在、中東で農業をしていますが、日本とは環境も気候も全く違うので、日本で行っていた方法では作物が育たないことが少なくありません。また、ここでは日本の農機具とは異なり、手で作業するのがメインになります。日本の農機具は使い勝手も良いのですが、ここではまだ農機具が全体に生きわたっているわけではありませんから、どうしても作業の手間も時間もかかってしまいます。その土地にマッチした機械や機具を選べれば良いのですが、種類も少ないのでかなり苦労しましたが、既存の機械を工夫して、中東の地にあったものにするよう努力しました。

中東は暑くて湿度も高い、尚且つ砂漠地帯も多いですから、作物が育つのは早いのですが枯れるときは一気に枯れてしまいます。また砂漠地帯なのに、不定期で大雨が降って洪水のような現象が起きてしまいます。そうなると畑はすべて全滅してしまいますから、最初に中東で農業を始めたときは土地選びが重要だとわかりました。少しずつ土を改良していくことから始めました。土はやせ細っているところも多かったのですが、たい肥などを混ぜて改良すると、少しずつ土に栄養が戻ってきて作物が育つようになります。

中東の人々は作物を育てることに興味津々で、小さな子供も一緒になって手伝ってくれます。また子供でも力があるので、要領をつかむとかなりの即戦力になってくれます。収穫した作物を使って料理を作ったときに、現地の人が喜んでくれた笑顔が今でも忘れられません。人々が口にする食べ物に関われて、本当に幸せだと実感しました。文化交流というものは、こうやって民間人同士が関わることが大切だと感じました。今は中東にいますが、まだまだ農業の素晴らしさを伝えたい国が沢山あります。農業に人生を掛け、また旅に出ようと考えています。

想い出に残る還暦祝いを贈ろう

干支に還る意味から赤いちゃんちゃんこを身につけ、お祝いする事で知られている還暦祝いですが、最近は継続雇用制度や定年延長などでまだまだ現役の年代なので、現代の還暦祝いのイメージは仕事や人生に対して様々な経験や苦労をされてきたことに対しての敬意や感謝をしますます健康で活躍をされることを祈る祝いの印象が強いです。日本には様々な長寿の祝いがあり、数え年でお祝いをされることが多いのですが、還暦祝いは満年齢で行いますので注意が必要で、祝いを行う日は誕生日が最適ですが、無理ならば家族や親族が集まりやすい誕生日の週末が最適です。還暦の色とされているのが赤色となっており、赤い花でアレンジした花束や赤色のマフラーなどが定番とされていますが、現代の60歳はまだまだ現役で健康的な方が多いので、高齢者をイメージさせてしまうプレゼントを嫌がる方もいますので注意が必要です。しかし健康にも人一倍気を使われている世代でもありますので、スポーツサイクルや体脂肪計がついた体重計や歩数計などお祝いの品として支持されています。昔の還暦のイメージから現代の還暦のイメージは大きく変わっていますので、家族や親族としてのお祝いの意味も長寿祝いから日頃の感謝の気持ちを贈る日に変わっていますので、思い出に残るものを贈る方も多く、世界に1つしかないオーダーギフトやサプライズの食事会なども思い出に残りますので還暦祝いで使用されている方も多くいます。

イラクの農業

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イラク共和国と言えば、まず思い浮かぶのことが石油産油国であり、国のイメージとして農業が結びついてこないことは明白だ。
国土の半分は砂に覆われている砂漠地帯であり、そのなかでイラクという国に農地が存在するのかさえも分からない人がほとんどであろう。

実はイラクは国土のおよそ13%程度が農地であり、これはアジア各国の所有農地割合の平均よりも低い数値であるが、欧州各国の平均よりも高い数字となっている。これは国土を縦に流れるチグリス川、ユーフラテス川が砂漠地帯を分断し、また農業に必要不可欠な水源をもたらしてくれている。

有効な農地面積は狭くないイラクであるが、産油国ゆえにイラク系の人々には裕福層の割合が高く、農業従事者が少ないことが問題となっている。イラクで実際に農作業を行うのはイラク系の民族ではなく、隣接する国々がいわゆる、出稼ぎで来ている貧困な人々が実際に農作業を行っている。そんな中でも、いくら出稼ぎに来ているからといって平均気温が高く、昼間は熱波が襲うような中で農作業という仕事を進んで選ぶという者は少なく、イラクは国中で慢性的な農作業従事者の不足に陥っている。つまりは農業用地がそれなりにある中で、実際に作業する人間が少ない現状は、一人あたりが賄う農業用地の割合が大きく、農業を生業といていく中では必然的に効率化が最も重要視されている現状となっているのだ。

イラクの農作物で作付け面積が一番広いものが小麦(220万トン:2005年統計)で、続いてが大麦(130万トン:同年統計)となっている。
これはやはり麦という穀物が乾燥に強く、イラクの気候に適していることからこの数字をもたらしている。前述したように、一人あたりでカバーする農地が広いイラクの農業ではいかに効率を高く農業を行うか、という命題がある。

そこでまず考えられるのが農薬の使用である。
農薬に関しては薬そのものはほとんど輸入しており、イラク国内で使用されている農薬は一般的には国外の農業を想定して開発されたものであり、全てがイラクの気候や環境に有効とは必ずしも言えないのである。それに付け加えて、もともと貧困層でイラクに出稼ぎに来ている農業従事者は、さほど用法や容量の決まりを意識せずに農薬を使うため、近年になって農作物の残留農薬の問題や、河川に流れ込んだ農薬の影響が取り沙汰されるようになってきた。イラク政府としてもこの環境破壊については懸念しており、最近は国王府が実際に農作業を行う従事者の雇い主に対して、農薬散布の管理・監督責任を負う義務とそれに付随する法律の施行を視野に入れて検討段階に入ったとの憶測が流れているようだ。しかしながら、現状はほとんど改善されておらず、正しく軽量されていない農薬が効率化という名目で大量に農地に散布されており周辺の環境は悪化の一途を辿っていると言わざるを得ない。国王府としてもいち早くこの問題を解決する必要があり、国民自体も後世にわたり健康な土地を受け継いでいけるよう環境問題への意識が高まってきていることは十分に承知しているはずだ。

また、農薬と共に農業の効率化に欠かせない要素として今、イラクで推し進められているのが科学的なアプローチから来る肥料の進歩と農機具の機械化だ。もともとイラク系の人々は学習意欲があり古い時代から科学や機械工学に対しては深い造詣がある民族だった。今は産油国としての側面ばかりが目立つようになってきてはいるが、もともとの国民気質であり、現在はオイルマネーを効率的に資産運用させるために、科学分野であったり機械工学分野への投資もかなり多く行われている。

具体的には海外技術者への資金援助が主であるが、援助を受ける立場の技術者にとっても、気温が高く乾燥地帯であるイラクでの農業を成功できる肥料を開発することが、全世界的に見て食糧問題を解決する糸口になると信じて、次世代の肥料を研究開発している。まだ、具体的な成果は報告されていないのだが、イラクの地で肥料の新しい可能性を見ることが出来れば、それは世界中の農業を一変させる魔法のような肥料の実現に近づくのかも知れない。それと同時に機械工学の分野でも巨額のオイルマネーが投入されて農機具の進化が止まらない。性能やスピードの進化については言うまでも無いが、現在の重要なテーマはGPSなどの位置情報を利用した完全自動化と、作物の状態を現地で確認し適切な判断を下し、もっともベストな対応を取るための人工知能の開発だ。すでに農機具という概念から外に抜け出している部分もあるが、実際に農作業に当たる人の足腰に負担が掛からないよう、軽くて頑丈な農機具というものも軽金属を利用した新素材の開発や人口工学やエルゴノミクスの分野が融合されて、新たな農機具として発達してきている。

イラク農業は現在、これまでの農業の在り方を一変させるような過渡期に差し掛かっているのかもしれません。
これはイラクという国が受け入れいている貧困層と、またオイルマネーによる巨額の投資、それらが熱く乾燥した大地の上で重なり合って、全世界の農業に影響を及ぼすかも知れない答えを導きだそうとしているのだ。

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    日本だけでなく視野を広く農業の未来を語っています。北欧、南米、中東、様々な国や地域で農業は行われており、人間の命の源となる食の在り方や文化まで、その将来と農業のあるべき姿を追って日々精進しております。おすすめの農機具も教えます。
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